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    <title>絶対?? 毎日スエイ写真日記</title>
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    <updated>2011-06-27T01:13:59Z</updated>
    
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    <title>2011年6月17日　「ケセン語聖書を、注文して読んでみよう」</title>
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    <published>2011-06-17T01:13:08Z</published>
    <updated>2011-06-27T01:13:59Z</updated>

    <summary>（代筆日記／神藏美子） 　ケセン語の聖書というのが、あるということは、友達の佐伯...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
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        <![CDATA[<h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　ケセン語の聖書というのが、あるということは、友達の佐伯修さんが、震災で被害にあった大船渡市のことを、メールに書いてきた時に、教えてもらった。ケセン語の聖書を出版した、共和印刷という小さな出版社が、震災の被害にあって、出版社の社長さん夫妻が、津波で亡くなられたという話だった。佐伯さんは、出版社のご夫妻に学生時代、一寸したムックをだした時に、お世話になった縁があるそうで、とても悲しんでいた。<br>
<br>
　「宮城、岩手の沿岸部にまたがる地域を「気仙地方」といいますが、そこの方言を日本語にたいして、あえて「ケセン語」と呼んでしまい、その言葉で聖書を訳したものでした」と、佐伯さんが、説明していたケセン語の聖書というのが、とても興味をそそられていたので、今日の新聞に「ケセン語聖書　津波耐えた」という見出しの記事をみつけてうれしかった。<br>
<br>
　津波にのみこまれた、出版社の倉庫からケセン語の聖書が、泥をかぶりながら、三千冊も救出されたそうだ。出版社は、「イー・ピックス」という会社のようだから、佐伯さんがご存知の社長夫妻とは、また別の会社だろうか。<br>
<br>
　ケセン語の聖書を訳した内科医の山浦玄嗣（はるつぐ）さんが、写真入りで紹介されていた。素敵な笑顔の先生だった。山浦さんのことを、ネット検索すると、山浦さんが、NHKの「こころの時代」という番組に出演された番組内容を紹介しているサイトがあった。それによると、ケセン語聖書は、単にケセン語で、聖書が書かれているだけではなく、山浦さんが、聖書をギリシャ語から直接、独自の聖書解釈にもとづいて翻訳したものだということがわかる。<br>
<br>
　たとえば、ギリシャ語では「ゾーエー　アイオーニス」という言葉を、一般の聖書では、「永遠の命」と訳しているが、山浦さんは、<br>
「私は適当な訳だとは思いません。<br>
「命」と訳されている「ゾーエー」という言葉は、実はギリシャ語には「命」という意味も少しはあるのですが、本来は生きることなのです。「暮らす」こと「暮らし」なのです。しかもそれがただ生きるのではなく、元気である、幸せである、喜びで充ちている、ピチピチしている、こういう意味なのです。それを形容する「アイオーニス」というのを永遠と訳していますが、これも確かに「永遠」という意味がありますが、本来は時間と関係がないという意味なのです。はじめも終わりもないということは、何時（いつ）からでもいいし、何時まででもいいよ、時間と関係ないよという意味なのです。何時もなのです。」とこのように解釈している。<br>
<br> 
　山浦さんは「永遠の命」とは、「時間制限のない、ほがらかで健やかな暮らし」と解釈されている。<br>
　たしかに「永遠の命」という言葉は、わかったような、わからないような、言葉だ。山浦さんのいうように「時間制限のない、ほがらかで健やかな暮らし」のほうが、意味がわかりやすい。そもそも時間というものは、人間がつくりだして、それで、人間がそれに縛られているようなものだから、はじめも終わりもない、何時（いつ）からでもいいし、何時まででもいいよ、というのは、なんて自由なことだろう。ケセン語聖書を読んでみたら、聖書がもっと理解できるところがありそうだ。とにかく、新聞に書いてあった出版社の電話番号にケセン語聖書を、注文して読んでみようと思った。<br>
　それから、今日は、頂天眼（ちょうてんがん）というデメ金を、金魚やの店先の水槽で見かけた。小さい頃、「デメ金」とアダ名されていたことがあるので、デメ金には、シンパシーがあるのか、ちょっとなごんだ。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110617-01.jpg">
<br>

<div class="aaa">頂天眼（ちょうてんがん）というデメ金を金魚やで、みつけた</div>
<br><br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110617-02.jpg"><br>
<div class="aaa">いつも上ばかりしか見えないのかな?、上を向かなくても、目は上</div>
<br> ]]>
        
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    <title>2011年6月15日「山本政志監督のことをスエイは『現場力がある』」</title>
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    <published>2011-06-15T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-21T07:11:40Z</updated>

    <summary> （代筆日記／神藏美子） 　山本政志監督の映画『スリー☆ポイント』のトークショウ...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[ <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　山本政志監督の映画『スリー☆ポイント』のトークショウに、内田裕也さんが出演なさるので、渋谷のユーロスペースにでかけた。『スリー☆ポイント』は、試写会で観たけれど、もう一度観ておきたい、おもしろさだったのだ。<br>
<br>
 『俺は最低な奴さ』のプロデュース、インタヴュアーの近田春夫さんもいらしていた。内田裕也さんと、近田春夫さんは、特別に親しい仲だ。トークショウの前に、近田さんや、山本監督とともに、控え室にいたスエイに合流すると、ほどなくして、内田裕也さんが、マネージャーの方と現れた。颯爽としているけど、不思議に威圧感はなかった。わたしたちが、少し遠慮して、立ったままでいると、席につくようにすすめてくださった。それから、トークショウの前にしばらく、今回の原宿警察で過ごした二十日間のことや、出てきてからのことなど、お話になっていたけれど、きわめて上品。原宿署の収監人番号が、69番だったというのは、偶然にしては、出来すぎている。逮捕されると、世間は、いきなり極悪人のように、断罪しようとする。内田裕也さんも、そういう圧力を感じてらっしゃるようだったけれど、こういう時に、手紙とかを、くださる方のありがたさについて、話していた。<br>
<br>
　すぐ横の席にすわっている内田裕也さんの、シルバーの大きな指輪のはまった手は、指が長く、とても繊細だった。内田也哉子さんが、『会見記』中で、自分の手と、お父さんである、内田裕也さんの手が、同じ形だというようなことを、書いていたのを思い出しながら、すぐ目の前に置かれた、優雅な細い手を見ていた。労働に、縁のない家系の人の手だ。『俺は最低な奴さ』の中に、幼児の裕也さんが、お兄さんや、お姉さんたちと、ご自宅の立派な門柱の前で写した写真が、一枚載っている。大きな邸宅で、子供時代は暮らしていたそうだ。<br>
<br>
　『スリー☆ポイント』は、沖縄、京都、東京と、三つの場所で、撮られたオムニバス映画。沖縄編は、かぎりなくドキュメンタリーに近い。山本政志監督のことをスエイは、「現場力がある」と言っていたけれど、山本監督ならではの、現場力によって、登場人物たちに突然出会い、沖縄についてのディープな映像をその場で見せてくれる。ガルルルッと、泥に手を突っ込んで、カニを捕まえる「てっちゃん」の映像は、忘れられない。<br>
<br>
　京都編は、ラッパーや、ドラッグがらみの、アウトローの世界。東京編は、正常なのか、異常なのかわからない男女の、一種の恋愛物語のような劇映画。この三つの場所も、ストーリーも、まったくつながらない三編が、テーマもなく合わさって出来上がっている『スリー☆ポイント』は、まったく新しい発想の映画だ。近田春夫さんは、『スリー☆ポイント』を三回観たと、おっしゃっていた。アナーキーで、不思議な爽快感のある映画だ。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110615.jpg"><br>
<div class="aaa">左から、山本政志監督、内田裕也さん、近田春夫さん</div>
<br>]]>
        
    </content>
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    <title>2011年6月14日「八宝菜のささやかなお誕生日でした」</title>
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    <published>2011-06-14T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-20T00:40:48Z</updated>

    <summary>（代筆日記／神藏美子） 　スエイは、岡山の山のなかで育った。村にお医者さんなんか...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　スエイは、岡山の山のなかで育った。村にお医者さんなんかいない山のなかだから、子供は当然、家で産む。スエイも自宅で、産まれただろうし、弟の満さんが、家で産まれた時のことを、憶えているそうだ。<br>
<br>
　薪を運んでいたおかあさんが、ぼとっと、薪を地面に落として家に駆け込んだ。産気づいたのだ。それから、おばあちゃんが、お湯を沸かしたり、大騒ぎのあと、血まみれの赤ん坊を見たのを憶えているそうだ。スエイは、三歳くらいだけど、よく憶えているなー。田舎だから、イベントが、乏しかっただろうし、赤ん坊が産まれることなんて、幼児にとってもやはり、鮮烈だったのだろう。<br>
<br>
　おかあさんは、結核で、入退院をくり返していたので、スエイは、おかあさんのお母さんである、おばあちゃんに、世話されていた。おばあちゃんの出ないオッパイにしゃぶりついていたそうである。そのおばあちゃんも、スエイが四歳くらいの頃に亡くなっている。おばあちゃんが、亡くなった時のことを尋ねたら、「臭かった」という返事。田舎は、土葬だったそうだけれど、埋める前にもう、臭かったのか。<br>
<br>
　今日は、スエイの六十三回目のお誕生日なので、スエイの個人史を、ちょっこし初期にさかのぼってきいてみたのだ。<br>
<br>
　朝、二つお誕生日プレゼントが、宅急便で、届いたくらいで、何も特別なイベントはない。今週は、毎晩、スエイは外食ばかりなので、どこかに食事に出かけるのはやめて、ウチで、八宝菜を食べることにした。八宝菜は、最近、スエイの好物だということが、発覚したので、本日のメニューとあいなった。<br>
<br>
　しいたけを水あるいは、ぬるま湯でもどす、きくらげを、水あるいはぬるま湯でもどす、から始まって、うずらの卵をゆで卵にして、むきにくいうずらの卵のカラをむいたり、にんじん、白菜、ピーマン、刻んでした茹で、えび、いかを下味つけて、した茹でなど、八宝菜は、なかなか手間のかかる料理で、初めて作ったので、けっこうてんてこ舞いになってしまい、スエイのもう一つの好物、高野豆腐を作るのを忘れてしまった。スエイは、高野豆腐が、好物なのだ。ジミな食べ物だけど、田舎では、お祭りの時に、持ち寄る料理だったらしく、高野豆腐は、珍重されていたようだ。<br>
<br>
　八宝菜は、四人前くらい出来上がったのを、スエイが何度もおかわりして、ペロリと食べた。八宝菜のささやかなお誕生日でした。家で作る八宝菜は、うずらの卵が一つじゃありません、いっぱい入ります。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110614.jpg"><br>
<div class="aaa">寝顔、目が、小さい</div>
<br>]]>
        
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    <title>2011年6月10日「好きな人に偶然に会うと、うれしいものだ」</title>
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    <published>2011-06-10T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-16T13:01:05Z</updated>

    <summary>（代筆日記／神藏美子） 　「愛することのないものは、神を知りません。神は愛だから...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　「愛することのないものは、神を知りません。神は愛だからです。」（ヨハネの手紙　―　４章８節）<br>
<br>
　ヨハネの手紙　―　の中に、「神は愛である」は、でてくるようだ。聖書をめくってもなかなか発見できなかったので、ネットで引いたら、すぐにでてきました。<br>
<br>
　今日は、梅ヶ丘の歯医者さんで、治療を受けていると、奥の席（奥の治療椅子）から、聞き覚えのある、声が聞こえてきました。さかんに、先生と話している、声が、知り合いと、よく似ているものだなー、と聞いていましたら、声が、ガハハハハ?ツと豪快に、大きな笑い声に変わりました。あの、特徴のある、笑い声は、これはもう他人のそら似ではなく、その人そのもの、おもわず、看護士さんに「あのー、奥のお席で、治療を受けている方は、江本さんとおっしゃる方ではござりませぬか？」と、確かめましたら、やはり江本純子さん、毛皮族の江本さんでした。劇団の座長で、役者もこなす江本さんの声は、歯医者で聴くと、なんてよく通る声なんでしょ。同じ、歯医者さんに通っていたとは、ぜんぜんしりませんでした。以前、江本さんのDVDで、江本さんが、かかりつけの歯科医院に行くシーンがあり、クリニックの診察台に寝ている江本さんが、映し出されていましたが、２年ほど前に、こちらに通い出した時も、ぜんぜんDVDの歯医者さんとは、気がつきませんでした。ま、たいしたことでは、ありませんけどね。偶然に知り合いと、歯医者で、会う。知らなかったけど、同じ歯医者に通っていた。でも、好きな人に偶然に会うと、うれしいものだ。そういう時は、神の采配みたいに感じて、ちょっこし、感謝したい気持ちになる。<br>
<br>
　虫歯に詰める、歯の型を採るのを、何度か、やり直しているうちに、江本さんは、先に帰られたけど、終わったから、でんわして呼び戻して、梅ヶ丘のイタリアンで、一緒にパスタランチ。わたしは、ほうれんそうのクリームパスタ。江本さんは、ベージュ色のクリームパスタ。江本さんが、矢庭に、小皿をたのみ、パスタを分けたので、二色の味のパスタを堪能。<br>
<br>
　江本純子さんは、6月18日（土）に、「官能教育ー官能をめぐるリーディング」という朗読会を、六本木の新世界（03・5772・6767）で、おこないます。18時、20時30分の二回ステージ。テキストは、上杉清文『スイカ畑でつかまえて』。毛皮族のメンバーと朗読します。上杉清文和尚のことを、江本さんは、「凄まじいエロエネルギー、エロルギー、生きたエロルギーのアルコール漬け」なんて、書いています。ただの朗読会では、終わらないでしょう。たのしみです。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110610.jpg"><br>
<div class="aaa">先生は、歯をとても大事にしてくださる歯医者さん</div>
<br>]]>
        
    </content>
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    <title>2011年6月4日「愛がなければダメなのよ」</title>
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    <published>2011-06-04T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-14T10:15:11Z</updated>

    <summary>（代筆日記／神藏美子） 　スエイと自転車で、下高井戸シネマまで、「ヤコブへの手紙...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://suei.deco-tokyo-blog.com/">
        <![CDATA[<h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　スエイと自転車で、下高井戸シネマまで、「ヤコブへの手紙」を観に行った。下高井戸までは、農大通りをぬけ、経堂をめざして、経堂駅を越し、それから西願寺通りを、北上する。30分くらいだった。自転車は、便利だ。下高井戸は、世田谷線で行くにしても上町まで、歩かなくてはいけないし、車だと込み入っているし、駐車できないし、自転車で行くのが、ちょうどいい。<br>
<br>
　「ヤコブへの手紙」は、とてもおもしろかった。ヤコブは、高齢の盲目の牧師で、ヤコブのところには、悩みの相談や、救いを求める人たちから、毎日、手紙が送られてくる。ヤコブは、その手紙に、丁寧に祈り、返事をし、時に、必要としている人には、自分の全財産の紙幣さへ手紙とともに送る。盲目のヤコブ牧師は、手紙を読んでくれて、返事を代筆してくれる人が、必要だ。死刑囚のレイラは、恩赦により出所して、ヤコブのところに、手紙を手伝うためにやってくる。温かく、レイラを迎えるヤコブ牧師だが、レイラは、かたくなに心を閉ざし、毎日届く手紙もめんどうくさいので、半分、井戸に投げ捨ててしまう。<br>
<br>
　ヤコブ牧師は、高潔な聖人としてだけ、描かれているわけではない。ひょんなことから、手紙が届かない日々が続くと、うろたえ、自分を、役立たずの老いぼれではないかと、不安がる一人の弱い人間としての面も見せる。「毎日、手紙が届くとおもっちゃいけないね」と、レイラに言って、反省する。ヤコブ牧師は、手紙を書き送り、悩みを打明けてくる人々を救っているようで、自分が、手紙を与えられていることで、神に、救われているのだと実感する。<br>
<br>
　どういう前後だったか、忘れてしまったけれど、ヤコブ牧師が「全財産を貧しい人々のために使いつくそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとしても、愛がなければ、わたしには何の益もない。」（コリントの信徒への手紙　一）、この聖書の箇所に触れて、「愛がなければ」ということを、しみじみと自分に、語っているシーンがあった。<br>
<br>
　高校時代に、両親が共に牧師だった、友達のSちゃんが、「愛がなければダメなのよ」と、悩んでいたのも、やはりコリントの信徒への手紙　一のこの聖書の箇所を、ひきあいに出して話していたのだ。プロテスタントの高校に入ったものの、信仰のなかったわたしには、Sちゃんの思い悩む切実な姿が、何十年経った今でも、忘れられない思い出なのだ。<br>
<br>
　こころを閉ざしていたレイラは、手紙が届かずに、意気消沈するヤコブ牧師を見かねて、自分の苦悩を、手紙が届いたふりをし、手紙を読むかのようにして、打ち明ける展開になる。救おうとする人と、救われようとする人の間に、神さまは、存在するのだろうか。そして、神さまの前には、救おうとする人、救われようとする人は、どちらも同じ存在なのかもしれない。二人の間には、愛がある。「神は、愛である」という聖句は、聖書のどこに書いてあるのだっけ。<br>
<br>
　「ヤコブへの手紙」は、フィンランド映画。原発をあつかった「100000年後の安全」もフィンランド映画だったし、フィンランド映画、クオリティー高し。<br>
<br>
　帰り道、下高井戸の商店街をぬけたあたりに、たいやき屋があって、スエイと二匹買ってパクついた。おいしかった。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110604.jpg"><br>
<div class="aaa">たいやきに、おもわず顔がほころぶスエイであった</div>
<br>]]>
        
    </content>
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    <title>2011年6月3日「人間うそをついてはいけない」</title>
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    <published>2011-06-03T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-10T01:28:33Z</updated>

    <summary>（代筆日記／神藏美子） 　国会で、菅総理を追求する自民党の議員は、みんな有能な弁...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://suei.deco-tokyo-blog.com/">
        <![CDATA[<h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　国会で、菅総理を追求する自民党の議員は、みんな有能な弁護士さながら、エネルギッシュで、弁が立つ。自由民主党の山本一太くん、責める、責める、菅総理を責める。「あなたは、いままでみた政治家のなかで、最低の人だとおもいます」「サギ」「あなたには、無理なんです」菅総理が、最低かどうかは、ともかく、いままでみた政治家のなかで、国会で、こんなに、罵倒されている総理は、いままでいなかったのではないか。のらりくらり答弁するも、しばし、返答につまり、なかなか、立ち上がらない総理に、「ど、どーなってんだ」「どうしたぁ?」とヤジがとぶ。<br>
<br>
　内閣不信任案が否決されて、それで、おさまるどころか、自由民主党の議員だけでなく、民主党内でも、「菅降ろしの動きが再燃」。鳩山元総理は、「人間うそをついてはいけない」「ペテン師まがいだ」と怒っている。肝心の辞任のところが、口約束っていうのが、甘かったのか、鳩山さん。小沢一郎にも、おでんわしたらしい。「決着はつけますから信じてください。政治家同士の約束は守らせます。（朝日新聞）」どうして、そんなに、小沢さんに気を使わなきゃ、いけないのだろう？<br>
<br>
　菅総理、こんなに、やめろ、やめろ、コールにめげない総理もめずらしい。でも、菅降ろしさえすれば、後は、うまくゆくのか。誰が、次をやるのか。喘いでいる人が、たくさんいる被災地のことよりも、放射能だだ漏れの深刻な原発のことよりも、政治家は、政局のことばっかりだ。権力の座というものがあるから、いけないのか。こんなに、くるくる首相がかわるのなら、もう、当番制や、順番にすればいいのではないか。ジャンケンだっていい。さっさと、ジャンケンで決めて、実際の政治のために、時間をつかってほしい。<br>
<br>
　菅さんの外国人献金問題が、またもちだされ、その外国人の方の名前が、名字が、どうだったの、こうだったのとやっている。ネチネチやられている。国会の答弁は、子供たちには、有害なのではないだろうか。ネチネチした性格になるといけなし、意味のはっきりしない、回りくどい日本語が、連発されるし。「一定のメド」という言葉は、総理が使うと、意味不明の、目くらましの言葉になっている。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110603.jpg"><br>
<div class="aaa">たびちゃん、人間うそをついてはいけないの</div>
<br> ]]>
        
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    <title>2011年6月2日「今年の流行語大賞は『菅降ろし』ではないか」</title>
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    <published>2011-06-02T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-09T05:50:06Z</updated>

    <summary> （代筆日記／神藏美子） 　あじさいの季節。去年、ウチの家の横で、咲いているあじ...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://suei.deco-tokyo-blog.com/">
        <![CDATA[ <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　あじさいの季節。去年、ウチの家の横で、咲いているあじさいを、コップにさした頃に、菅内閣が誕生した。自民党がやぶれて、長期政権がくずれ、何かあたらしい流れを、みんな期待したのだろうか。一年たって、また、同じ、あじさいが咲いて、コップにさした。<br>
<br>
　夕刊の見出しは、大きく「菅首相、辞任の意向」である。今日は、内閣不信任案採決が、衆議院で、行なわれた。テンヤ、ワンヤ、の内閣不信任案採決。どーなる、こーなる、内閣不信任案採決。<br>
<br>
　自由民主党の大島副総裁が、不信任案賛成の演説をぶっている。恰幅のいい体から、太い声をはりあげて、立派な演説が、長い。「おやめになるなら、今、すぐに辞めなさい」「信念なき、ご都合主義、その場、その場」「自分の延命のためなら、なんでも受け入れる」「今年の流行語大賞は、『菅降ろし』ではないか」「他人に厳しく、自分に極めて甘いリーダーである」「誤った自己過信」原発の対応について、菅総理が、僕は、原発に詳しい、と言ったことだ。あ、菅総理、ふぁ〜って、ねむくなっちゃったみたい。テレビ画面に、写っているのに、眠い、眠い。あ、目をつむってしまった。ウチのにゃんたちにが、眠いときに、みせる表情にそっくり。日向で、ふぁ〜って、眠くなるにゃんたちに。けど、ここは、国会だし、大島副総裁は、菅さんのこと、すぐ目の前で、ボロクソ言ってますよー。でも、眠くなっちゃった、菅総理。なんとか、目をみひらいて、がんばる。目を開けていないと。<br>
<br>
　民主党代議士会で、「若い世代のみなさんにいろいろな責任を引き継いでいきたいと考えている」とのべたことで、圧倒的に否決されたらしい、内閣不信任案。鳩山さんも、賛成だったのに、考えを変えた。え？辞任じゃないの？　鳩山さんが、興奮し、ふくれている。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110602-1.jpg"><br>
<div class="aaa">去年のあじさい。菅内首相誕生</div>
<br><br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110602-2.jpg"><br>
<div class="aaa">今年のあじさい。菅首相辞任の意向</div>
<br>]]>
        
    </content>
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    <title>2011.6.1「こんな、ラッキーな出来事があるなんて」</title>
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    <published>2011-06-01T03:28:48Z</published>
    <updated>2011-06-08T03:32:08Z</updated>

    <summary>  （代筆日記／神藏美子） 　毎月一日は、荒木経惟さんのポラロイド写真の展覧会の...</summary>
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        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
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        <![CDATA[  <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　毎月一日は、荒木経惟さんのポラロイド写真の展覧会のオープニングが、下北沢の「LA CAMERA」でひらかれる。二次会は、いつもLADY JANEという古いバー。昨日、バルコニーの怪獣たちに、おもいを馳せていたので、「引っ越しなさったら、怪獣たちは、連れてゆくのですか？」と荒木さんに聞いてみた。「全部、切っちゃう（捨てちゃう）かもしれないよ」なんて、おっしゃっていた。どうなんだろう。でも、あの怪獣たちは、バルコニーの住人だしなー。荒木さんは、最近は、お酒を全然飲まなくて、わりと早く、お帰りになった。スエイは、今日は、接待の宴席があるので、こなかった。<br>
<br>
　バーを出て、一人で、とぼとぼ駐車場まで、夜の下北沢を歩く。下北沢を歩くと、いつも銀杏BOYZのことを、思い出す。銀杏の事務所も、レコード会社も、レコーディングスタジオも下北沢にあるのだ。<br>
<br>
　茶沢通りぞいの、銀杏BOYZのレコード会社の前を通りかかったら、銀杏のライトバンらしき車が停まってる。ガラスに張り付いてしゃがみこんで、中をのぞいたら（無作法なオバさん）、峯田くん発見！　中に呼んでくれた。うわ〜、ラッキー。マネージャーの江口くんと、お弁当を食べているところだった。去年、「裏切りの町」の芝居（三浦大輔作、演出、音楽・峯田和伸）の楽屋にちょっこし、おじゃまして、一目会って以来、一年ぶりだ。いつも、下北沢を歩くと、銀杏は、どうしているかなー、とぜったいに考えるけど、下北沢で偶然、峯田くんに遭遇したのは始めてだ。こんな、ラッキーな出来事があるなんて。<br>
<br>
　峯田くんは、髪がのびて、フサフサしていた。今日はこれから、お弁当食べて、レコーディングだそうだ。被災地に行って、ライブをやることが、峯田くんのブログに書いてあったので、そのことを聞いてみたら、ちょうど、ライブのチラシの校正があがっていて、一枚もらう。東北の熱い銀杏ファンのこたちが、待っているだろうなー。水戸、福島、仙台、盛岡、と行くみたいだけど、どれも、小さなライブハウスでやるようだ。いやー、きっとまた死にものぐるいの熱気だろうなー。「しばらく、ライブやってないから、体力つけなきゃって、ウォーキングとかしてるんですよ」と、峯田くん。<br>
<br>
　ルンルンで、駐車場について、車にキーをさすとき、雨だし、夜だし、浮かれてるし、事故がないようにと、自分に注意した。今日は、亡くなった父の誕生日だった。母のところに寄った時に、丁寧にお線香をあげて、拝んできたから、いいことが、あったのだ。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110601.jpg">
<br>

<div class="aaa">峯田くんの手描きのチラシ。スメルズ・ライク・ア・ヴァージン</div>]]>
        
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    <title>2011年5月31日「今日は、めばるの煮魚ね」と、夕飯のおかずを知らせる</title>
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    <published>2011-05-31T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-07T04:55:23Z</updated>

    <summary> （代筆日記／神藏美子） 　梅ヶ丘の歯医者さんに、自転車で出かける。ウチから、梅...</summary>
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        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
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        <![CDATA[ <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　梅ヶ丘の歯医者さんに、自転車で出かける。ウチから、梅ヶ丘へ、くねくねと住宅地をぬける途中には、ウィンザーハイム豪徳寺の前を通る。ウィンザーハイム豪徳寺は、荒木経惟さんの古城というべき、お住まい。もうしばらくで、立ち退きされることになっている、古いマンションである。荒木さんが、なんども撮っている、マンションの入口を、自転車を停めて写す。裏にまわって、古城のようすもみてみる。ここに、世界の天才が住んでいるのだ、バルコニーのある方から、マンンションを見上げる。<br>
<br>
　最近、出版された荒木さんの「天才アラーキー　写真ノ愛・情（集英社新書）」に、「慈しみが写っていない写真は駄目です。」という荒木さんの言葉があった。先日、タカ・イシイギャラリーで観た、バルコニーで、写した怪獣たちの写真を、「いとおしい気持ち」という言葉で、わたしは感じたけど、荒木さんは、「慈しみ」という言葉で、あらわしていた。「写真の愛・情」には、「バルコニー」という一章もあって、このマンションに陽子さんと、荒木さんが、引っ越した頃からの、時間と写真のことが、つづられていた。チロちゃんも、もういないのだ。<br>
<br>
　梅ヶ丘の帰りに、上町のスーパー、オーゼキに寄ってみた。いつもは、行かないスーパーなので、ものめずらしく、ぐるぐる見て回る。めばる、を買った。<br>
<br>
　夜、母の家から、夕飯時になり、帰る頃にスエイから、でんわがはいる。「今日は、めばるの煮魚ね」と、夕飯のおかずを知らせる。「いいわねー、たのしみに帰って来るわねー」と、母。母は、一人暮らしになって、ごはんを作って、一緒に食べる人がいることを、感慨ふかく思うのだろう。<br>
<br>
　上杉隆の「ニュースの深層」によると、「コンピューター監視法」という、法案が、この震災のどさくさにまぎれたのか、とおってしまったそうだ。「インターネットにおけるデマや、風評はこれを、プロバイダー等に政府が削除要請できる」という法案。上杉さんは、大手メディアが、何も、声をあげずに、この法案がとおってしまったことを、嘆いている。こういった、インターネットの規制は、エジプトのムバラク政権や、リビヤのカダフィ政権下で、おこなわれていることで、先進国である、日本で、このようなネット規制の法案が、まかりとおるのは、異常なことらしい。「現代版・治安維持法」と、ブログに書いている人もいた。ひゃー、日本は、後進国の仲間入りだろうか。<br>
　<br>今回の、福島原発事故でも、ネットをみなければ、得られない情報は、たくさんあったし、東電の、遅すぎる情報公開や、漏れてない、漏れてない、安全、安全、など、ネットをみなければ、確かめられないことが、たくさんあるなかで、ネットが政府に規制される法案が、とおったというのは、おそろしいことだ。だいじょうぶか、日本。そうでなくても、日本政府の、対応には、大本営という戦前の呼び方が、使われ出しているのに。日本は、言論統制されるような、国になっていくのか。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110531-1.jpg"><br>
<div class="aaa">マンションは朽ちてゆくのに、若葉が青々と</div>
<br><br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110531-2.jpg"><br>
<div class="aaa">裏にまわって、古城をみあげる</div>
<br>]]>
        
    </content>
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    <title>2011.5.29「さすらいの夫婦、腹がへって、腹がへって、まいりました」</title>
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    <published>2011-05-29T05:06:53Z</published>
    <updated>2011-06-06T05:43:43Z</updated>

    <summary> （代筆日記／神藏美子） 　今日は、スエイが作ってくれた、にんじんジュースを持っ...</summary>
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        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
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        <![CDATA[ <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　今日は、スエイが作ってくれた、にんじんジュースを持って、スエイと母をたずねる。母と、お茶してよもやま話。その後、桜新町のレストランで、遅い昼ご飯食べて、スポーツクラブに向かう予定だった。<br>
<br>
　母のマンションを出たところで、雨脚が強まって、ジャジャ降りだった。桜新町のレストラン（時々行くけど名前は不明）の前に車を停めて、スエイが中に入りかけたら、四時半くらいか、ちょうど、お休みタイムに入るところで、だめだった。しょうがない、ジャジャ降りの中、「紅とかげ」という旧２４６沿いの中華屋さんをめざして、移動。スエイが車から降りて傘さして、チェックしに行くが、準備中で、あと３０分たたないと開店しない。しょうがない、また、ジャジャ降りのなか、２４６沿いの「ひろの亭」に行ってみるが、ここも準備中だった。寒くなってくるし、温かいものが、食べたい。う〜、それでは、世田谷通り沿いの中華「大吉」に、行ってみるか。また車を走らせる。途中で、たこ焼きやが、あるけれど、まさか、車の中で、たこ焼きを食べるのは、みじめすぎる。「大吉」に、行きたいけれど、やっぱり、世田谷通りは、混んでいるので、路上駐車は、無理だろうと、結局、母の家の近くのタイ料理屋へ戻るが、タイ料理屋「フライングボード」も、準備中であった。ガチョ〜ン。<br>
<br>
　もう、キャベツ買って、家にもどって、焼きそばをつくろうか、という案もでるが、「家に、一回もどったら、スポーツクラブに行く気がしない」とスエイが言うので、そのまま、また、車を走らせる。スエイは、スポーツクラブに入会しているものの、半年くらい、一度も行ってないのではないか。今日は、とにかくスポーツクラブへ行かねば。<br>
<br>
　そば屋なら、やっているだろうと、気を取り直し、駒留通り沿いの「朝日屋」という、そば屋を探して車を走らせる。ジャジャ降りだし、「朝日屋」の場所が、わからなくなり、駒留通りをウオサオする。あった、「朝日屋」！が、しかし、今日は、休みだ！　さすらいの夫婦、腹がへって、腹がへって、まいりました。<br>
<br>
　移動する途中で見かけた、一度も行ったことのない、焼肉屋「一龍」に、のぞみをかけて、また、ジャジャ降りの中、車をはしらせた。風呂屋の横にある、３台しか停まらない駐車場が、一つ空いていて、なんとか駐車できた。鶴橋に本店があるという「一龍」は、休み時間をつくらず、営業していた、えらい！！ これから、スポーツクラブに行くのに、焼肉は、どうかとおもうが、背に腹は、変えられない。カルビ、石焼きビビンバ、オイキムチ、キムチ、サンチュ、たのみました。ハ〜。炭火なので、なかなか肉が焼けなかった。焼肉屋に入ったら、雨もしずまっていた。まぬけな夫婦、やっと、日曜日の昼食にありつく。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110529.jpg">
<br>

<div class="aaa">ねず美ちゃん、猫は雨の日は、特に、眠いらしいね</div> ]]>
        
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    <title>2011.5.28「感覚の研ぎすまされた三宮さんの手に、触れたかったのだ」</title>
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    <published>2011-05-28T03:01:05Z</published>
    <updated>2011-06-03T03:04:15Z</updated>

    <summary> （代筆日記／神藏美子） 　「シーンレス」という言葉で、三宮麻由子さんは、ご自分...</summary>
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        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
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        <![CDATA[ <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　「シーンレス」という言葉で、三宮麻由子さんは、ご自分の、全盲のことを表している。今日は、三宮麻由子さんの「手ざわり・・・指で見る」と題したワークショップに、南文子さんに誘っていただいて、国分寺まで、でかけた。<br>
<br>
　三宮麻由子さんのお話は、おもしろかった。麻由子さんは、目が見えないので、触ることや、風を感じることや、健常者が、関知できないことをもっと、深く知ってらっしゃる。そのお話をきいていると、こちらの世界が、広がる気がする。自分の知っていると思っている世界は、感じている世界は、ごく一部なのだなと、わからされる。<br>
<br>
　点字について、「点字の読方一覧表」と、点字で書かれたサンプルの文書をくばって、説明があった。点字は、もともと、目で見ても、きれいに見えることを、前提に作られたそうで、くばられた、点字のサンプル文書は、「東京都のお知らせ」つまり、役所からの実務連絡の用紙だったが、厚めの白い紙に点字の浮かぶ用紙は、文学的なことや、詩的なことが、書いてあるかのように、思える。<br>
<br>
　実際、点字は、触ってみても、微妙な点々を、判別することは、大変にむずかしい。いまでは、全盲の方の一割くらいの方しか、点字を読んだり書いたりできないのだそうだ。パソコンなどの機器の発達もあるようだけれど、なにより、点字を習得することが、むずかしいのだ。三宮さんは、日記、メモなんでも、点字で書かれるということだった。点字が、書いてある、小さな栞が、ひとりひとりに渡された。帰ってから、読んでくださいということだったけれど、「点字の読方一覧表」と、何度、照らし合わせても、少ない文字を判読できないでいる。<br>
<br>
　三宮さんは、ピアニストでもある。また、草月流のお花の師範も、もってらっしゃる。会場には、三宮さんの生けたお花が飾られていた。お花に触れていると、どんなふうに生けられたいか、お花が教えてくれる、ということだった。聞かせていただいたピアノの演目は、忘れてしまったけれど、とてもむずかしい複雑な曲ばかりだった。楽譜を見ないわけだから、すべてを諳んじているのだ。<br>
<br>
　ワークショップが終わって、三宮さんと、ちょっこしお話させてもらったとき、おもわず、三宮さんの手を触ってしまった。感覚の研ぎすまされた三宮さんの手に、触れたかったのだ。激しく、複雑なピアノの楽曲をひくとは、思えない、小さくて、細くて、とてもやわらかな手だった。健常者の人で、そんなによく知らない人と、お話する時に、いきなり手に触ることはないとおもう。<br>
<br>
　三宮さんは、本を二十冊も出版されている。こんど、読んでみよう。三宮さんのファンの方が多いのか、おおきなカフェの会場は、満席だった。「あの人は、文藝春秋の社長さん、あの人は、Ku:nelの雑誌の編集長」文子さんが教えてくれたけれど、マスコミの人もたくさん来ていたのか。この会は、文子さんのお友達の戸塚貴子さんのプロデュースだ。こんど、お願いして、三宮さんに、会わせてもらえたら、いいなー。<br>
<br>
　ワークショップのカフェを出て、文子さんと近くのイタリアンレストランに移動。国分寺の町は静か。住宅地を歩いて店にたどりつく。文子さんに、先日、南伸坊さんが、ブータンに行ってきたおみあげをいただく。ブータン製の粗い紙袋に入ったそのおみあげは、店であけないようにと、文子さんの手紙つきである。家に帰って包みをあけて、納得。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110528-01.jpg">
<br>

<div class="aaa">三宮麻由子さんの生けたお花</div>
<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110528-02.jpg">
<br>

<div class="aaa">ブータンのおみあげ。下の紙は、点字、東京都のお知らせ</div>]]>
        
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    <title>2011年5月27日　「ねず美ちゃん、今日はね、私たちの結婚記念日だったのよ」</title>
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    <published>2011-05-26T23:40:47Z</published>
    <updated>2011-05-31T01:32:19Z</updated>

    <summary>（代筆日記／神藏美子） 　ねず美ちゃんね、昨日、おとうさんが、帰ってくるとき、「...</summary>
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        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://suei.deco-tokyo-blog.com/">
        <![CDATA[<h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　ねず美ちゃんね、昨日、おとうさんが、帰ってくるとき、「いま、渋谷なんだけど、疲れちゃったから、タクシーで、帰っていい？」って、でんわがあって、帰ってきたでしょ。それで、大きな花束を、買ってきてくれたの。テーブルに飾ってあるでしょ？　不思議ねー。だって、ねず美ちゃん、今日はね、私たちの結婚記念日だったのよ。ま、猫にはないけれど、婚姻届というのを役所に出した日ね。それで、ちょうど十年経っているし、十年目の結婚記念日なの、今日が。それで、大きな花束でしょ。<br>
　でも、わたしも、おとうさんも、忘れていたの、記念日なんて。だいたい、５月２７日というのが、たまたま届けを出した日で、何か特別な日取りではなかったし。二人とも、全く、忘れていたのに、ひょいと、スエイが、気まぐれで、花束を買って帰ったの。それで、わたし、思い出したの、結婚記念日のこと。<br>
　そんなわけで、今日は、二人で、銀座に出かけた。<br>
<br>
　森山大道さんの写真展をBLDギャラリーで観て、ご飯食べて、周防正行監督の「ダンシング・チャップリン」をテアトル銀座で、観た。<br>
　森山さんの写真展は、とてもおもしろかった。デジタルカメラで、撮影したイタリアの町の写真。モノクロのプリントは、すばらしくて、デジタル写真のイメージを大きく変える。粒子が重すぎなくて、とてもきれいだった。モノクロの世界に、デジタル写真ゆえの軽さもあって、それが、森山さんのフットワークの軽さ、感覚的なモダンさに、すごく合っているようだった。<br>
　以前、森山さんと、お話した時に、何百本も撮影したモノクロフィルムを、すべて撮影が終わって、その膨大なフィルムを、現像したり、プリントしたり、暗室の作業を始める時は、「山に分け入っていくような感じだ」とおっしゃっていた。そのお話は、おもしろかった。まず、すべてを撮影し終えて、それから、山に分け入るように、暗室作業を始めるというのだ。デジタル写真では、山は、ないからどういう感じなのだろうか。お会いする機会があれば、きいてみたい。<br>
「ダンシング・チャップリン」のパンフレットで、周防監督と、主演の草刈民代さん、黒柳徹子さんが、鼎談しているなかで、黒柳さんが、「私、この映画を観て、個人的に『なんていいご夫婦だろう』って思っていました」と話している。周防監督が、妻であり、バレエを引退する、バレエダンサーの草刈民代さんの、ラストダンスとして、この映画を撮っているところが、すごく感動的だった。<br>
　黒柳徹子さんの話は、「夫婦って、お互いが尊敬し合って協力して両方のいいところをどうしたらもっと見せられるだろうってできるのが一番いいってかねがね思っていますので、羨ましかったです」とつづく。<br>
「草刈さんがどれくらい素晴らしいダンサーだったかがよくわかりました」黒柳さんのこの言葉も、同感。ローラン・プティの振り付けで、ルイジ・ボニーノが踊る、ダンシング・チャップリンのバレエ演目のドキュメンタリー化であるこの映画は、期せずして、草刈民代の魅力、素敵さを、見せる映画になっている。夫の周防正行監督の愛ゆえ、だろうか。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110527.jpg">
<br>

<div class="aaa">幕の内弁当的、花束であるが</div> ]]>
        
    </content>
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    <title>2011年5月26日「動物の医療費は、高いにゃー」</title>
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    <published>2011-05-26T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-05-30T07:40:35Z</updated>

    <summary>（代筆日記／神藏美子） 　たびちゃんの様子が変である。どうも、おしりのあたりを舐...</summary>
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        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://suei.deco-tokyo-blog.com/">
        <![CDATA[<h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　たびちゃんの様子が変である。どうも、おしりのあたりを舐めてばかりいるのだ。そう、おもっていたら、マーキングのために、チビるオシッコが、血のまじった血尿になっていた。おしりのあたりは、出血しているみたいだ。痔だろうか？　たびちゃんは、特に、臆病で、病院が大嫌いな子だし、出来れば自然治癒力で、自力で治して欲しいと、思っていたけれど、おしりが、ただれている。あー、これは、もう、お医者さんに、でんわだ。<br>
<br>
　毎年、予防注射をお願いしている、用賀の動物病院の先生に聞いてみると「おそらく、膀胱炎、なんらかの菌がはいったのでしょう。あるいは、膀胱結石の可能性もある」ということで、いくら本人が舐めても自然には、治らない病気らしい。久しぶりに、猫のキャリーバックを出して、なんとか、たびちゃんを押し込め、動物病院に連れてゆく。<br>
<br>
　猫のキャリーバックを出したとたんに、三匹のあいだには、不穏な空気が流れ出した。みんな、これが出てくると、病院に連れて行かれて、お注射なので、キャリーバックが嫌いなのだ。運搬の途中で、ギャー、ギャー、叫びながら出た、汗の匂いもしみついているのではないか。たび、タバは、屠殺場に連れて行かれるみたいに、啼きつづけるのだ。ねず美ちゃんは、賢いので、病院に行く時に啼いたりしない。もう、しょうがないと、わかっているみたいで、じっとしている。<br>
<br>
　オシッコをいっぱい出すようにと、たびちゃんは、点滴を肩のあたりに打たれる。随分水分が入って、肩がブヨブヨするほど背むしになった。処置が終わると、あんなに嫌いなキャリーバックに自分から、そそくさと、入るのがおかしい。家に戻れることは、わかるらしい。お薬をもらって、帰宅。たびちゃん、一万三千円もかかったズラー、ニシヤマ。ペットの保険もあるらしいけど、動物の医療費は、高いにゃー。<br>
<br>
　そろそろ、蚊が出てきた。まだ、勢いのない蚊なのか、うごきがにぶい。腕を刺した奴を、ペちん、と潰した。夏が近づいている。去年のような、過酷な日照りだと、節電の夏を乗り切るのは、たいへんだ。スエイは、体温が高く、すごく暑がりなので、いまから、夏の暑さを心配をしている。<br>
<br>
<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110526.jpg"><br>
<div class="aaa">ぺちん、と潰したけれど、血は、吸われていた。</div>
<br>]]>
        
    </content>
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    <title>2011年5月25日「荒木さんの、いとおしい、という気持ちが、あふれていた」</title>
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    <published>2011-05-25T14:00:00Z</published>
    <updated>2011-05-30T07:31:07Z</updated>

    <summary>  （代筆日記／神藏美子） 　午前中に、家を出て、清澄白河にあるタカ・イシイギャ...</summary>
    <author>
        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://suei.deco-tokyo-blog.com/">
        <![CDATA[  <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　午前中に、家を出て、清澄白河にあるタカ・イシイギャラリーまで「写狂老人Aのフィルム・ノスタルジー」を観に出かける。写狂老人Aは、荒木経惟さんである。<br>
<br>
　本郷の三四郎池で、ザリガニ採りをしている、子供たちの写真から、展覧会は始まる。「東京ホーシャセン」の写真集におさめられていた写真だ。荒木さんが、がんの放射線治療に通っている時に、立ち寄った三四郎池で、たまたま出会った、樹木のしげる、池であそぶ子供たち。<br>
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　それから、自宅のバルコニーに、おびただしい怪獣たちが、失楽園の様相で、バルコニーに流れた、何十年という長い時間を沈着させて、たたずんている写真。子供たちにも、怪獣たちにも、長年荒木さんの写場だったバルコニーにも、荒木さんの、いとおしい、という気持ちが、あふれていた。<br>
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　首のないゴジラのアップや、雪の中の、怪獣たちの行軍？の写真に見入ってしまう。亡くなった妻の陽子さんとの間に、バルコニーで、流れた時間から、ずっと、空を撮影し、怪獣たちを、そして、亡くなったチロちゃんを撮りつづけた時間が、全部、その朽ちてゆくバルコニーの写真に流れている。フィルムの写真（こういう言い方は、デジタルばっかりになって、わざわざ言うのか）には、長い長い時間が、写り込むのではないか。荒木さんは、フィルムにこだわっている。こだわる、という言い方は、正しくないかもしれないけれど、「ウチら、水（現像とか、プリントの水のこと）から、離れちゃだめだから」とおっしゃっていたことがある。<br>
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　いったん、家にもどってから、今日は、荒木さんのオープニングをかねたお誕生日会が、六本木であるので、着替えて、ヒールのある靴をはいて、出かける。ちょうどいいスカートがなくて、ユニクロの三百五十円で、買った黒いミニスカートをはいた。上は、マルジェラを着ているので、なんとかパーティー仕様。会場のレストランに着いたら、スエイが入口にいて、でんわかけていた。<br>
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<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110525-1.jpg"><br>
<div class="aaa">今日のアラキネマは、部屋のコーナーに映写され、アバンギャルドだった</div>
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<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110525-2.jpg"><br>
<div class="aaa">荒木さーん、　お誕生日おめでとうございます！</div>
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<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110525-3.jpg"><br>
<div class="aaa">荒木さんの顔や、カメラのチョコの載ったケーキ、おいしかった</div>
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    <title>2011.5.24「『自分の存在』なんて、いじましい発想もないのだろう」</title>
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    <published>2011-05-23T22:38:56Z</published>
    <updated>2011-05-28T22:39:57Z</updated>

    <summary> （代筆日記／神藏美子） 　今日は、三島まで、日帰り旅行。U子ちゃんと、「母たち...</summary>
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        <name>Yoshiko Kamikura</name>
        
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        <![CDATA[ <h5 align="right">（代筆日記／神藏美子）</h5>
　今日は、三島まで、日帰り旅行。U子ちゃんと、「母たちの神」比嘉康雄展を、IZU PHOTO MUSUM　に観に出かけた。沖縄の祭祀を行う女性たちの写真だ。神女（かみんちゅ）と呼ばれる女性が中心に祭祀は行われ、男子禁制のところもあるそうだが、民俗学の分野でも大きな功績を残した比嘉康雄さんは、特別に許可されて、これらの写真を撮ることができたそうだ。<br>
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　「人々は魂の不滅を信じ、魂の帰る場所、そして再生する場所を海のニラーハラーに想定し、そこから守護力をもって島の聖域にたちかえる母神の存在に守護をたのんでいる」と比嘉さんは、解説に書いている。<br>
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　白装束の神女（かみんちゅ）の姿は、厳かである。「琉球弧の祭祀はムラ（シマ）を単位に行われた」そうで、特別な女性だけが、祭祀をおこなったわけではないようだ。ある年齢にたっすると、神女（かみんちゅ）として、みんな祭祀に加わり、先輩の神女（かみんちゅ）から、おしえられてゆくのだろう。神を中心とした共同体の世界は、女性のありようが、現代の社会とは、まるで違う。個人個人の女性が、「わたしらしさ」とか、「わたしの生き方」みたいなことは、まるで考えないだろうし、考えなくてよかった世界なのだ。共同体の一部として、神々に仕えるものとして、自分の存在があるのだろう。「自分の存在」なんて、いじましい発想もないのだろう。<br>
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　神迎え（かみんけー）、神崇め（かみあがめ）、神願い（かみにがい）、神遊び（かみあしび）、神送り（かみうくい）、神と共に、生活してゆくことが、あたりまえの世界だったのだ。「祖霊信仰、自然信仰に基づいた村落ごとの祭祀の多くはすでに変容し、途絶えてしまったものも少なくありません」失われた、信仰に基づいた共同体の姿をかいま見る、大変に貴重な写真だった。
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　三島から、静岡に移動して、静岡市美術館で、陶芸家「ハンス・コパー」の展覧会に寄る。<br>
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ハンス・コパーの陶芸は、陶芸というより、彫刻作品のようだった。コパーは、彫刻家ブランクーシを訪ねているそうだけど、ブランクーシに近いものを感じる。材料は、陶器だけれど、まるで、彫刻作品のように見えた。ナチの迫害を逃れて、イギリスに渡ってきた、コパー、晩年、難病におかされて、孤独のなかで、制作していたコパーの孤高の精神性が、色彩のない、陶器に、閉じ込められていた。師匠のルーシー・リーの作品も展示されていたけれど、ルーシー・リーの作品は、もっと実用的で、機能的で、うつくしいものだ。だけど、精神を感じさせるものではない。<br>
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　静岡駅の近くの、創業八十年の居酒屋さんで、ごはんを食べた。とても、にぎわっていて、食べ物も新鮮でおいしかった。活気のある店内。ここには、震災の影は、ないようだ。静岡の人は、穏やかなのか、活気があるけど、酔って大声で、うるさく話しているお客さんは、ひとりもいない。静岡に、よい印象。<br>
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<img src="http://deco-tokyo-blog.com/deco/suei/images/2011/20110524.jpg">
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<div class="aaa">やはり、なんといっても富士山。三島から静岡の車中で</div>]]>
        
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