(代筆日記/神藏美子)
スエイは、岡山の山のなかで育った。村にお医者さんなんかいない山のなかだから、子供は当然、家で産む。スエイも自宅で、産まれただろうし、弟の満さんが、家で産まれた時のことを、憶えているそうだ。薪を運んでいたおかあさんが、ぼとっと、薪を地面に落として家に駆け込んだ。産気づいたのだ。それから、おばあちゃんが、お湯を沸かしたり、大騒ぎのあと、血まみれの赤ん坊を見たのを憶えているそうだ。スエイは、三歳くらいだけど、よく憶えているなー。田舎だから、イベントが、乏しかっただろうし、赤ん坊が産まれることなんて、幼児にとってもやはり、鮮烈だったのだろう。
おかあさんは、結核で、入退院をくり返していたので、スエイは、おかあさんのお母さんである、おばあちゃんに、世話されていた。おばあちゃんの出ないオッパイにしゃぶりついていたそうである。そのおばあちゃんも、スエイが四歳くらいの頃に亡くなっている。おばあちゃんが、亡くなった時のことを尋ねたら、「臭かった」という返事。田舎は、土葬だったそうだけれど、埋める前にもう、臭かったのか。
今日は、スエイの六十三回目のお誕生日なので、スエイの個人史を、ちょっこし初期にさかのぼってきいてみたのだ。
朝、二つお誕生日プレゼントが、宅急便で、届いたくらいで、何も特別なイベントはない。今週は、毎晩、スエイは外食ばかりなので、どこかに食事に出かけるのはやめて、ウチで、八宝菜を食べることにした。八宝菜は、最近、スエイの好物だということが、発覚したので、本日のメニューとあいなった。
しいたけを水あるいは、ぬるま湯でもどす、きくらげを、水あるいはぬるま湯でもどす、から始まって、うずらの卵をゆで卵にして、むきにくいうずらの卵のカラをむいたり、にんじん、白菜、ピーマン、刻んでした茹で、えび、いかを下味つけて、した茹でなど、八宝菜は、なかなか手間のかかる料理で、初めて作ったので、けっこうてんてこ舞いになってしまい、スエイのもう一つの好物、高野豆腐を作るのを忘れてしまった。スエイは、高野豆腐が、好物なのだ。ジミな食べ物だけど、田舎では、お祭りの時に、持ち寄る料理だったらしく、高野豆腐は、珍重されていたようだ。
八宝菜は、四人前くらい出来上がったのを、スエイが何度もおかわりして、ペロリと食べた。八宝菜のささやかなお誕生日でした。家で作る八宝菜は、うずらの卵が一つじゃありません、いっぱい入ります。

寝顔、目が、小さい

